2016/06/26 第10回 長谷川太郎氏(元Jリーガー)『セカンドキャリアの本質「ワクワク+貢献」』(後編)

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理事長の小村をホスト役とした企画「対談すごトーク」。第10回目となるゲストは、元Jリーガーの長谷川太郎さんです。
※前編は[こちら]から
※中編は[こちら]から

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■セカンドキャリアの本質

小村:長谷川さんにとっての一番のワクワクは「サッカーをする」だったのですね。

長谷川:そうです。しかし、セカンドキャリアで痛感したのは、私にとってサッカー以外でワクワクがないんですよね。引退した後、ワクワクがなかったのです。インドから帰ってきて引退し、いよいよ次に動き出そうと思た時に、何をして良いのかがわからなかったのです。今までアルバイトもしたこともなく、ずっとサッカーしかしてこなかったので何もわからないのです。そこで何かやってみたいと思い、友達の紹介で警備員をやりました。

小村:初めてのバイトである警備員をやって発見はありましたか。

長谷川:自分はサッカーをやってきたので、色々な視点があるんだなと思いました。サッカー選手がグラウンドに入る時に警備員がいるんですが、その警備員を経験してみると、全然見方が違って何か不思議な感じだったのですね。

小村:その職業で目線が違うということですか。

長谷川:そうです。24時間テレビのサッカーの監修をやった時は指導者として入り、試合ではレフェリーをさせてもらいました。24時間テレビの「母さん、俺は大丈夫」というドラマには出演者として出させてもらいました。そうすると、出演者の目線も違いますし、監修の目線も違いますし、そこには警備員さんもいるのですが警備員の経験をしたこともあったのでその目線も違う。サッカーやっている人たちの目線も違う。何かそれ面白いなと感じたのです。いろんなことを考えつつも、いろんな人の視点から物事が見れたらすごい面白いなと感じました。

小村:その後、会社員になっています。

長谷川:選手を引退し、バイトの警備員を2か月やり、紹介をしていただいた包帯パンツの会社の社員になりました。毎日満員電車に揺られて出勤する会社員を5か月やりました。

小村:会社員では何か発見はありましたでしょうか。

長谷川:その会社の社長は非常に厳しい方で、その人のお蔭で考え方が変わり、今に繋がっています。礼儀の大事さから、対価を頂くというのはというビジネスのことを教えていただけました。たった5か月間でしたが、その時の経験は自分の中で大きかったです。ビジネスの姿勢をとても学びました。

小村:お金をいただく重要性ですね。

長谷川:それと同時に、会社員になっても何もできない辛さも味わいました。営業すらさせてもらえないですし、ひたすらダンボールへの詰め作業でした。実力不足で、何も貢献していないと感じていました。そこで思ったのが、ワクワクにプラスして貢献できることは何だろうを考え始めました。セカンドキャリアではなく、私にとってはセカンドステップです。

小村:なるほど。姿勢や考え方を変えるために、「ワクワク+貢献」を考えねばステップできないことに気付いたのですね。

長谷川:セカンドキャリアをサポートしてくれる人たちはたくさんいます。企業もアスリートは根性があると思われているので採用はしてくれます。しかし、その間、1.5キャリアみたいなものが、選手というのは悩むんですよね。間違いなく言えることは、これをやると決めたことに関しては根性があるのです。でもこれをやるということに対して決められなかったりするとブレまくるんです。あっち行ったり、こっち行ったりしてしまう。なので、思っていた以上の事ができないのです。

小村:確かに自分が決めてキャリアをつくっていませんから、「これをやる」に魂が入っていないんですね。

長谷川:他の人から見ると、元サッカー選手と見られるので、プライドが捨てられないのかと思われがちです。プライドが捨てられないというよりは、やりたいことが定まらないところが原因なのです。その定まらないことに不安で仕方がないのです。その家族はまた不安で、何をやりたいのかわからない旦那に対して安定を求めるわけです。奥さんは何がやりたいのとなりケンカになるケースも多発というのが現実ですね。

小村:確かにプロにまで成り上がった選手ですから、定まったことに対しては強いですね。しかし、引退して武器がなくなってしまうと、牙を折られたライオンのようになってしまう。

長谷川:家族がいる身ですと独身選手よりも辛いです。家族は今まではやりたいことが明確であったので応援してくれていたのですが、引退して「サッカー」がなくなってしまうと、ブレまくってしまい、昨日言っていたことと、今日言っていることも異なるわけです。そうすると、家族は応援ができないんですね。こんな状況が長引けば関係が悪化してしまうんです。気付いたことは、女性というのは期限を決めて、こういうことをやっていくとすると応援してくれるのかなと。

小村:男はロマン、女は現実ですからね。期限を決めるというのは正しいかもしれません。

■夢を掴みTRE(トレ)

小村:会社員からご自身が一般社団法人TREを起ち上げます。この動機を教えてください。

長谷川:会社員をしながらこのままでいいのだろうかと思っていた時に、2015年1月23日アジアカップでサッカー日本代表がUAEと戦い決定力不足で負けた試合がありました。「決定力不足」、この言葉を聞いて、日本代表はずっと言われている課題だと思ったのです。常に言われているこの課題と向き合っている人はいないと感じました。レベルがまだ高くないインドですら、ゴール前での意識の高さはハンパなく、とにかく打つんです。

小村:ゴール前での貪欲さが日本人選手よりも海外選手の意識が高いということですよね。

長谷川:これは私の経験からとてもわかります。例えば、この選手は打つからパスを出さないとわかれば、フォワードである私の場合は結果を出すためにはセカンドボールを拾いに行かねばなりません。パスが来ないと思ったら判断を変えてこぼれ球に反応する動きをします。チームとしたら一本二本のゴールパターンができるのです。二人三人ですともっとパターンは生まれます。日本はパスでつないで、出すのかなと思ったら出さないで打ってしまうとか、そうするとこぼれ球への反応ができなくなります。今度は打つのかなと思ったらパスが出てきてしまう。日本は気を遣う文化だと感じています。それでエゴを持って打つとなると雰囲気が変わってきてしまうし、エゴを持って打てと言っても難しいだろうなと感じたので、ならばそういう雰囲気づくりをしていかねばならないと思ったのです。

小村:打っても大丈夫であるという雰囲気づくりですね。

長谷川:普通の指導ですと熱い人がいたり、良い言葉がけができたりと良い指導者がいっぱいいます。私はストライカーだったからこそ、ストライカーに特化した指導がしたいと思いました。これに関しては私自身が「勘違いできる」と思ったのです。海外に挑戦に行くときにチームがないのに何で行くのと聞かれ、自信があるからと根拠がないことを言い放ちたように、人に何かを伝える時は自分が勘違いできるものでないといけないのではないかと思いました。会社員になった時に何も勘違いできないし、何もできないから、後ろめたさしかないし、そうじゃなくて自分が自信を持って発信できるものをやっていきたいと思ったのがきっかけです。

小村:未来のエースストライカーを育成することに特化した環境と雰囲気をつくろうと起ち上げたのですね。

長谷川:ちょうど考えた時に、今の子供たちが選手として旬になる年はいつ頃なんだろうと数えてみたら、2030年だったのですね。ちょうどW杯の年でもありました。私の最後の背番号は30番ですし、ちょうどその年は私は50歳です。何か紐づけて考えていたら運命を感じてしまいました。そう思ったのであれば、やろうと使命感に駆られました。

小村:その思いを社長さんにも伝えたのですね。

長谷川:そう思うのならやってみろと送り出してくれました。すぐに設立準備に入りました。準備期間の3か月間は、今後の役にも立たせたいと思い、またコンディショニングにも興味があり、タイ式マッサージの免許も持っていたので、整骨院で働かせてもらいました。そして、2015年3月一般社団法人TREを設立しました。4月体験会し、5月にスタートしました。

小村:TRE(トレ)という社名ですが、これは何でその名前にしたのですか。

長谷川:トレーニングのトレ、コミュニケーションをトレるのトレ、GOALをトレ、ボールをトレ、夢を掴みトレなど掛けていて、「トレ」にはいろんな「トレ」がある。イタリア語で3という意味です。昔からダジャレが好きということもあり付けました(笑)

小村:TREはどのような活動をされているのですか。

長谷川:『TRE2030 Striker Project ~2030年みんなで育てよう! W杯得点王~』と銘打って、ストライカークリニックで未来のエースストライカーの養成指導を行っています。点を取ると全部に対して自信が持てるようになるんですね。サッカーをきっかけに自信を持って何にでも取り組める子供たちを増やしていきたいと思っています。また自信がつくと、会話も弾み、笑顔も出ます。ゴールというのは大きなパワーがあるんですね。より感じてもらえる環境づくりをしています。

小村:1年間活動をしてみていかがですか。

長谷川:今の子たちは点を取ってもクールなんですね。外すと何だよという感じです。もっと点を取って褒め合って、自信が持てるようになってもらいたいですね。失敗を恐れないようにやれるような環境づくりをもっとしたいなと。そういう雰囲気を作ることができれば、エースストライカーがもっと増えるのではないかと思います。

小村:やられているのは普通のサッカースクールではない練習メニューなのでしょうか。

長谷川:フットサルコートでゴールが少し大きめを使用しています。ミートをしっかり捉えられるようにテニスボールを活用しています。国内で最もシュートを打つアカデミーかもしれません。常にミートを意識しながらシュートを打たせています。「シュート筋」を鍛えています。外国の選手ですと小さい選手でもとても強いシュートを打つことができます。しかし、体格が良い日本人がシュートを打っても外国の小さい人に敵わないんです。子供のうちにミートを意識してやってきたのかの差だと思っています。身体がしなやかな時に、どれだけ身体のしなりを使ってボールにパワーを伝えられているのかだと思うので、身体の使い方はより意識して教えています。シュートをただ打てば良いというよりは、ゴールを意識してプレーをしてもらいたい。ゴールを意識するとスペースが見えたり、ディフェンスが見えたりします。パスなのかドリブルなのかいろんな選択肢も増えます。それには何が正解はないのですが、サッカーで唯一正解なのはゴールを決めることで勝つということです。

小村:日本一シュートを打たせるアカデミーなのですね。シュートの本数とは決めずに打たせているのですか。

長谷川:自分が納得したら終わりにしています。回数を決めて意識を持って打つことも大事ですし、ダラダラ何本もただ打っているだけでも効果はありません。回数は決めませんが、1本1本を大事に意識を持って打ち、納得したら終わりです。その納得したものと、コーチが良いなと思うものが合致することが理想ですね。いっぱい打ったというよりも、良いシュートが打てたという気持ちで終わることが大事ですね。良いイメージで終わるからその日一日が良い気持ちになれると思うのです。

小村: ストライカーを育成する特徴は理解しましたが、長谷川さんがこだわっているところは何ですか。

長谷川:日本人らしいサッカーとか、日本人らしいストライカーを育てていくということです。日本人らいしパス回しや、気を遣う攻めのプレーの中に、ゴールに対する意識の強さが加わると、より良いのじゃないかと思います。日本人らしさの良さは日本人たちが作り決めていかねばならないと思っています。外国監督が外から良いコンテンツを持って導入するのもいいのですが、本質的なところは日本人が日本人だからこそ日本人の手でつくっていくことで、日本人らしさが形成されていくのではないかと感じています。そしてストライカーが育てば、対峙するキーパーとディフェンダーが育ちますし、パスを出すミッドフィルダーも育ちます。ストライカーの育成が日本サッカーの強化につながると思っています。ゴールを意識してもらいたい。それは人生も一緒で、目的や夢につながります。

小村:今の日本の良さに更にプラスアルファ―ですね。子供たちにもそのゴールに対する意識の重要性を伝えること。

長谷川:今は私の経験を教え伝えていくことから始めています。1点で選手を続けることができ、1点でJ2からJ1に昇格もした。逆に1点が取れなかったことによって選手を辞めらざる負えない状況も経験した。1点の重みを伝聞し、たかが1本のシュートですがその1本を大事にしてもらいたい。その1本が運命を変えることにもつながります。試合で打って後悔をしない練習をしていってほしいと伝えています。

小村:ストライカーの育成は他のスクールではやっていないのでしょうか。

長谷川:一般的なサッカースクールにもストライカークラスがあるところもあります。私はあえてストライカー育成のみにしています。私も同じようにサッカースクールを起ち上げてストライカークラスを作ってしまうと、他団体とはライバル関係となり生徒の奪い合いになってしまうと予測され嫌なのです。私の育成プログラムを押し上げてもらえるものは何だろうと考えました。そこで「2030年 みんなで育てよう」。これを打ち出すことで、これに賛同しストライカークリニックが他でも実施されると、一緒にやっていきましょうとできます。

小村:敵対するのではなく、一緒に育てましょうという流れが作れることですね。

長谷川:賛同者が増えて、ストライカーを育成するという雰囲気づくりをしていかねばならないと思っています。子供たちがゴールを目指すためには色々な方々の理解が絶対に必要です。色々なところでストライカークラスが増えていくことが重要で、時にはTREの練習に参加する、TREのメンバーが他の指導者のもとで学ぶ。そのような環境ができることが理想ですね。同時に、各球団にキーパーコーチがいるように、ストライカーコーチやゴール前コーチが生まれてくることも理想ですね。

小村:少年サッカーチームの移籍問題が取りざたもされていますが、奪い合いではなく共有ですね。

■セカンドステップ ⇒ 夢=ワクワク+貢献

小村:TREの中でストライカーを育てると同時に大事にされている指導はありますか。

長谷川:サッカーを教えるだけではなく、サッカーを通じて習慣を変えてもらったり、コミュニケーションの大事さを知ってもらったり、役に立つ人間形成を育みたいと思っています。

小村:具体的な活動はありますか。

長谷川:「朝トレ」をやっています。朝早く起きることは夜早く寝ることでもあるので、そういう習慣づくりですね。子供のうちから身に着ければ良い習慣になります。カズさんもそうでした。夜更かしは非行に走る率が高まりますので、早く寝ることで治安の悪化も防げるのではないかと思っています。そこで、朝のトレーニングを推奨し、朝サッカーやろうという習慣づくりの企画をやっています。親御さんとの参加も促しており、朝サッカーを通してコミュニケーションもとれます。足立区で一年かけてやっていたら賛同していただきグラウンドを貸してくださる学校も出てきました。これはセカンドキャリアとして、サッカー選手はサッカーで生きる上で朝の時間に収入源ができるというのはメリットになります。それも考えての活動です。このモデルケースが全国に広まると良いなと思っています。

小村:素晴らしい活動ですね。応援しています。長谷川さんにとってサッカーからの学びはなんでしたでしょうか。

長谷川:「当たり前のレベルの高さ」ですね。習慣と継続です。サッカーがうまくなるのも、地味なトレーニングをコツコツやれる姿勢、それも楽しくやれる姿勢ですね。姿勢へのこだわりですね。自分との小さな約束の積み重ねが今の自分とこれからの自分を創りあげると思うのです。

小村:これから目指す生き方や在り方はどのようにお考えですか。

長谷川:私にとってカズさんは憧れの存在で、そのカズさんを見て見習っていることがあります。「シンプルな事こそ、こだわる」ということです。座る姿勢や話し方ひとつとってもですね。私のワクワクがサッカーで、引退した今はそのワクワクに貢献したいという思いを持って生きています。貢献しないと自分が生きている感じがしないというか、人の役に立ちたいと感じています。だからこそ、「仕事=夢の実現」という思いを抱き、関わる全ての人に夢を与える人になりたいと思っています。

小村:選手のセカンドキャリアを考える上で、結果的に長谷川さんは「サッカー」というカテゴリで仕事を生み出すことを選択されました。Jリーグの引退年齢の平均が26,7歳と言われ、引退後に指導者になれる人も一握り、選手が終わった後に不遇な生活をしている人が大多数で、悪い方に走ってしまう事件も取りざたされています。Jリーグ引退した選手でスクールコーチになられる人は多くいます。先ほど言われたように、日本のストライカーを育てること、朝トレなどでコーチの働く場の需要を増やすことなど掲げ、素晴らしい活動を実際やられています。それをもっと活性化させるには、子供たちがサッカー選手になりたいという夢が語れるようにすることと、その親御さんが自分の子供をサッカー選手にしたいという両方必要であると思います。

長谷川:トレはイタリア語で「3」を意味していることは先にも述べました。その3にはこのような意味も込めています。「アスリートの夢の前」と、「夢の最中」と、「夢の後」をサポートしている場にしたいという願いです。夢の前は今子供たちに活動をしていること。最中というのはコンディショニングなど。後というのはセカンドキャリアの受け皿としてです。

小村:TRE(トレ)=「3」にはそのような深い意味も込められていたのですね。

長谷川:サッカーしかしてきてこなかった人間が真新しい環境で適応するには、これだという確信が必要です。「ワクワク+貢献」です。引退してすぐはそれにたどり着くまで時間もかかりますし、そもそも何からやっていけば良いのかもわかりません。ですから、道を切り拓くまでの道のりをサポートする場にしたい。セカンドキャリアというよりも、その間を埋めるたに、TREを通してプライベートレッスンやコーチをしてもらいながら、セカンドキャリアの構築(セカンドステップ)をしていってもらいたいと思っています。このような環境があれば、引退した選手も次のキャリアの選択肢も広がりますし、親御さんたちにも選手を引退した後も、そのような模索できる環境があれば不安も軽減できるのではないかと思っています。

小村:まさに経験者だからこその考えですね。

長谷川:サッカー選手は引退した後にまずはサッカーで食べていける取り組みにしたいと思いました。「サッカー」がなくなると路頭に迷うからです。地域のためになり、好きなサッカーを続けられる環境にいながら次を模索する。次に行ったとしても適応するまで不安やもどかしさもあるため、両立もアリだと思っています。朝トレ終わった後に会社で働くでも良いのではないかと思っています。

小村:サッカー選手を引退したからといって次を模索する上で「サッカー」を取り除いてしまうのではなく、セカンドキャリアを作る上で、サッカーを通して地域の子供たちに貢献できているという意識の中、その気持ちを持って次のステップを模索できる場。確かに心は保ちつつ、余裕もできますね。新しい世界に飛び出すための前段階のセカンドステップの場がTREなのですね。リアルな選手の生の声、そして大きな展望が聞けて本当に良かったです。すごラボも選手のセカンドステップの場として協力したいと思いました。

長谷川:アスリートはただアスリートだっただけです。間違いなく言えることはブレてしまうのです。しっかりと方向性を確立せずにセカンドキャリアをしてしまうと不幸になってしまう可能性が高まります。1.5を育成する重要性を強く訴えたいです。選手のプライドを捨てるのにもプライドが必要であったりします。それを活かせるプライドにしていくことが必要かもですね。基本的にアスリートは受け身です。次は何をしたらいいのかわかりません。そんな時、導いてあげるという感覚で接してもらえることが嬉しいのです。1.5を寄り添える人が欲しいのです。

小村:アスリートは影響力や発信力もあるので、その人が自ら企画したり世の中に良いものを提案できるようになれば、人の役にも立ちますし、引退した後の存在価値や存在意義もできると思うのです。

長谷川:そうですね。引退した後もサッカーを通じてそういう活動をしていけるんだという生き方ができる元選手が増えれば、親御さんも子供の未来を全力でバックアップしていこうという気持ちになるし、子供の夢を後押ししてくれると思うのです。

小村:将来何になりたいですか? という問いに子供たちには「サッカー選手」とか「スポーツ選手」と言ってもらいたいですよね。親も応援してくれて。プロ選手になることが価値ある「夢」であってもらいたいですね。ありがとうございました。
≪了≫

◆プロフィール◆
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長谷川太郎(はせがわ・たろう)
1998年柏レイソルU-18からトップチームに昇格。翌年、ナビスコカップ優勝に貢献。2002年アルビレックス新潟を経て、2003年ヴァンフォーレ甲府に移籍。J2日本人得点王となりJ1昇格の立役者となる。2007年徳島ヴォルティス、2008年 横浜FC、2009年ニューウェーブ北九州(現・ギラヴァンツ北九州)、2011年浦安JSC/SC浦安(現・ブリオベッカ浦安)でプレーした。2014年インド・Iリーグ1部のモハメダンSCを最後に現役引退。引退後は2015年LB-BRB TOKYOでプレーイングコーチを務める。また一般社団法人TREを発足し代表。【TRE2030 Striker Project】は「2030年 みんなで育てよう! W杯得点王」をミッションに、ゴールを通じて、決断力・覚悟・責任感を養い、世界に通用する選手を育成する活動を行っている。
HP : http://www.tre2030.com/

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