2016/09/27 『仕掛け人に聞く、スポーツ産業で求められる人材像と自分自身の仕掛け方・考え方』 公開パネルディスカッション(後編)
⇒前編は[こちら]から
■仕掛け人の発想力
小村:仕掛けるための重要性をお聞きしてきましたが、とは言え企画力、いわゆる企画を生むための発想力は不可欠な点でもあります。発想力を身に着けるためにはどのようなことからされた方が良いでしょうか?
江口:まず毎日、新聞を読みましょう。何が今起きていることかを知ることは大事なことですよね。今あの企業がこういうことを始めたということをきっかけに、その情報を基に自分ならこうするという考えが生まれます。それをお客さんに持って行き、打ち合わせの中で、更なるジャストアイデアが生まれます。それを社内に帰って雑談レベルで同僚と話をしていると、こういう風にしたらもっと面白いかもねとなります。自分に新しく生み出す発想力がなくても、何か情報を持っていれば何かがつながっていくものです。
小村:情報を持つことが新しいアイデアを生み出す源になり、そのきっかけが人を介して面白いものへと変化していくのですね。
菊池:情報を持つことで認識が変化し、先ほど述べたLUB、人に共通の部分「あっ、そこだったら、私はこういうのがある」と、自分に見えない視点を提供してもらえるところですね。
小村:なるほど。これも抽象度を高めた最小公倍数な見方をすると、視点の共有が掛け算になっていくのですね。小杉さんにも聞いてみましょう。
小杉:そうですね。ひとつはスペシャリティ(得意分野)を作る。今努力されている勉強や仕事でスペシャリティを作った方が良いと思います。その経験を語れないとダメじゃないかなと思います。今を頑張ってもらいたいと思います。
小村:確かに、0ではダメで、1でも2でも得意分野の数字を持ってもらわないと、掛け算にも最小公倍数にもなりませんからね。視点の共有から発想が出てくると考えるのであれば、まずは共有できる武器は欲しいですね。
小杉:そして、江口さんと同じ情報の話になりますが、英語をやっておくべきだと思います。私も26歳まで英語を一切やってこなかったので後悔しています。例えば、インターネットの情報の約60%は英語と言われています。日本だけ見ていたらビジネスは成り立つし、最低限のことは、世界の情報を日本のメディアが情報提供してくれますが、皆さんが目指すスポーツビジネスの最前線はアメリカとヨーロッパです。その最前線の情報を取りに行こうと思えば英語を知っておかないと一番にはなれません。スポーツビジネスをやりたいと思うのであれば、是非、スポーツビジネスで一番を目指してもらいたいし、そうすると自ずと英語が必要となってきます。
小村:これも抽象度の話になってしまいますが、日本だけの視点であれば日本語だけでいい。しかしグルーバルの視点を手に入れるためには世界の視点が必要であり、そのためには英語が必須ということですね。英語を学べば日本語の中でしかない情報よりも世界の情報を得られるということですからね。小杉さんにお聞きしたいのですが、とは言っても、英語を学ぶことは大変なことだと思うのです。
小杉:これも先ほど述べたようにパッションだと思います。スポーツビジネスをやるには英語を話さなければならない「have to」だったけども、実は話したいの「want to」だったわけです。私はスポーツビジネスに就きたい。だから英語を勉強するんだという気持ちになりました。パナソニックでスポーツビジネスに就けなくても英語が話せた方が仕事にプラスになるとも思いました。けっこうすぐに英語ができるようになってきました。一年でTOEIC600点くらいまで上がりました。動機があればできるようになるのです。
江口:英語の流れで話をさせてください。実は私は学生時代に交換留学で二年間イギリスに行ったのです。全く英語が喋れず、サッカーをやりにイギリスに行ったようなものです。しかしホームステイをしていたので、全く喋れないとご飯も出てこないんです。生きていくために英語を学ばなければならないという最初は「have to」な立場で、録音して辞書を片手に毎回毎回何を言っているんだろうと調べていました。学校でも講義を聞いてプレゼンをする場面があり、日本人だからと見られるのですが、とても悔しくて、ちょっとでもネイティブに近づいてやろうと勉強していました。気持ちが途中から「want to」になるんですよ。そんな英語力も今は少し錆びれてしまいましたけどね(笑)
小杉:私の経験で話をすると、決してネイティブになる必要はないと思います。私はいまだに英語に対して劣等感はありますけど、それを強みに日本人ならではの英語で交渉できますよ。何を言いたいかというと、アメリカ人もヨーロッパ人も自分の言いたいことを全て話されます。その後、最後にまとめで「皆がやりたいことはコレで、私がやりたいことはコレだから、こうしよう」とぶつけます。簡単な英語でも良いので要点をまとめて、バスっと言えること。日本人は、英語を高校や大学まで勉強してきているわけだし、英語自体はそんなに難しい語学ではないですので。
小村:情報も視野も広がるという点で英語は大事ですね。
小杉:英語は大事ですし、簡単だと思えば簡単です。これも認知科学的に解説できるのですか?
菊池:解説できます(笑) 自己評価という話です。日本人は特に自己評価が低い民族だと言われています。これは文化的背景から、卑下することや謙虚であること、そして自尊心がごちゃまぜになっているところからきています。相手に礼を尽くすということは相手を敬うこと。「自己評価」と「自分を卑下すること、謙虚であること」とは全く違った概念なのです。今やっていること、これからやることに対して「自分ができる」と思っているかどうか。これを認知科学に基づくコーチングでは「エフィカシー」という言葉を使っています。自分の能力に対して自分ができると思っているかどうかという観点のことです。
小村:エフィカシーとは「自分の能力に対する自己評価」で、自己効力感のことですね。 分かりやすく言うと、「できるという見込み感」ですね。
菊池:そうです。私の知りあいに10か国語話せる日本人の教授がいます。カナダの大学で教鞭をとっている人です。「菊池さん、このエフィカシーはよくわかります。海外の学生は自分より上がいると自分もそこまで行けるはずだと悔しがるのです。ところが日本人は自分よりも下がいたらラッキーと喜ぶのです」と言っていました。日本人は自分よりも下がいたら喜んでしまう自己評価の低さが際立っていると感じられていました。皆さんは自分自身を最高だと思っていますか?
小村:常に「YES,I’m Good」と言えるかが大事なんですよね。
菊池:そうです。ここの部分は自分の能力発揮と連動性があり重要なことです。小杉さんの話を聞いて、ひとつお聞きしたかったことがあります。新しい分野に、スポーツとは全く関係ない分野に飛び込む時に、そこに入るメンタリティの部分。不安とか出ましたでしょうか?
小杉:私は20年間野球しかやってこなかった。新しいことをやる挑戦するという不安より、私は一回人生としては死んだと思ったのです。何をやるにしても怖くはなかったです。その時の生きる糧が、もう一度スポーツに携わることでした。ただ、パナソニックには勉強で有名な大学の出身者が多く、そこで仕事をするわけです。誤解をおそれずに言うと、意外にしゃべってみたら一緒に出来ないことはないと思いました。もちろん、頭では勝てませんが、、、。そう思うと積極的に絡んでいけますから、いろんなことを教えてもらえました。
菊池:素晴らしいですね。日本の文化や企業もそうなってしまっていますが、現状できることを集めて目標設定するパターンが非常に多いです。例えば前年比よりも110%、120%の目標を立てるというのは、現状の結果に鞭を打ってプラス10%、20%という考え方が非常に多いです。もちろんステークホルダー、銀行からお金を借りたりする場合は、根拠となることを示すために前年これだけやったからと必要な場面もあります。ただ、まさに小杉さんが体感され歩まれた通り、認知科学に基づくコーチングの観点から言いますと、現状の延長線上にないようなゴールを設定した方がよいと推奨しています。手段や方法は後からついてきます。我々の言葉で言うと「ゴールが先、認識が後」です。ゴールを先に決めたから、そこに至る道のりが後で見えてくるということです。日本の教育は目標設定が大事だと小学校の頃から目標設定をさせられます。では、なぜ目標設置(ゴール設定)をすることが大事なのでしょうかということはなかなか語られてきていません。実は認知科学的には答えがありまして、認識が変化するからです。
小村:認識が変化する実験を皆さんにしてもらいましょう。
菊池:皆さんは携帯電話をお持ちだと思います。携帯電話の待ち受け画面を見ないで絵として描いてみてくださいと言ったら描けますか? あまり描ける人はいないと思います。これは当然ですね。携帯電話のゴール(目的)は、電話をかける、それからメールする、ネットするなどです。携帯電話を絵として描くというゴールはありませんから描けなくて当然なのです。なぜそういう現象が起こってしまったのか、これがゴールの重要性です。同じものを見ていても、ゴールによって認知が変化するのです。これがゴール、目標、目的を持つ大事さなのです。同じ仕事をしていても、ゴールが何かによってそれに対しての評価が変わる、認知が変わってしまうのです。実はこれが重要なことだと認知科学に基づくコーチングでは説いています。
小杉:その中でレッズのゴールは中長期的に見たらどうでしょうか? J1でレッズと言ったら皆が知っているチームで、勝ち続けているイメージがあり、どんな将来像を見ているのかな?
江口:直近の目標は年間優勝、タイトルを獲るということになっています。中長期的な目標は自立できる経営母体が既にあるので、誰にも頼らずに自立していける、そんなクラブになれるんですね。ところが今の三菱自動車問題のきっかけに、急に三菱自動車にごめんなさいというわけにはいかないですし、今まで支援してくれた企業であるわけです。浦和レッズは誰のものでもないっていう言葉があります。実際にオーナーの社長は浦和レッズの人間であり、三菱自動車の出向ではありません。クラブの人間である方々がたくさんいます。その中で市民の声が届く体制づくりというのが、ヨーロッパのクラブで100年続いているクラブを見習わねばいけないなというところがたくさんあると思うので、日本初というところの道を歩んでもらって、私もそこに仕掛けていきたいと思っています。
小村:ピンチをどうチャンスにしていくか大きな転換期でもあるわけですね。パナソニックさんはガンバ大阪ですけど、どうですか?
小杉:パナソニックではなく、ガンバ大阪に経営陣があるので(笑) ガンバ大阪と一緒に吹田スタジアムをどうように素晴らしいスタジアムにしていくのか? パナソニックのショウケースにしたいという意気込みは色々な部署から聞かれます。
■仕掛け人のゴール設定
小村:話題を変えまして、ご自身の今後のゴール設定をお聞かせください。ご自身が今後どのように進化していきたいかという未来像はおありですか?
江口:こういう仕事をやっているので、経営者として浦和レッズも大切ですが、埼玉からいわゆる日本、世界へという思いを考えています。スポーツはグローバルなものなので、やはりどこか海外でやっていることと、浦和でやっていることが何か通じているなという。何か事業だとか、そういった部分で今やっていることを母体に新たに挑戦していくところの、グループ企業のホールディングスでありたい。そこがゴール設定なのかなと思います。
小杉:東京オリンピックが決まった後、オリンピック・パラリンピック課の責任者の任を与えられました。4年後の東京オリンピックを成功させることが、私に課せられたミッションだと思いました。明らかに東京オリンピックが終わると日本のスポーツ界は変わります。良い意味で変わるか、悪い意味で変わるかは、日本人次第です。日本の国民がいかにスポーツで心に余裕が生まれるか、いかにスポーツの仕事が生まれるか、いくつものアクションを打っておかないと、日本のスポーツ界はちょっと危ないと思うくらいの危機感を持っています。自分のゴール設定は難しいのですが、日本のスポーツ界が東京オリンピックを機に発展できなければ、海外に行くしかなくなってしまいます。要するに、私は、東京オリンピックを日本人全員でチャンスと捉えて、良いスポーツ業界にしていきたいと思っています。
小村:東京オリンピック後、レガシーも含めて、今のうちからその先も見据えたゴール設定も大事だと痛感します。まだまだお話を伺いたいのですが時間がきてしまいました。最後にスポーツ業界を目指している若者へお一人ずつメッセージをいただいてもよろしいでしょうか。
江口:様々な年代の方がいらっしゃると思うのですが、先日テレビを見ていたら30歳の誕生日を迎えたサッカー日本代表の本田圭佑選手が30歳代の社会人に向けてのコメントをしていました。本田選手は「時間ないよと言いたい」と言っていました。今やれることはたくさんあるけど、やはり会社の為に、社会の為に、世界の為に、本田選手らしい言葉だなと思いました。日本の礎をつくった坂本龍馬は31歳で亡くなっています。私から20代の方に言いたいのは、失敗して恥かいて、本当に反省して次に活かすということを繰り返していると本当に強くなるということです。失敗経験がないと30代になって、失敗することを怖がります。失敗をしても恐れない免疫をつくるにはまずチャレンジしていかないといけません。年齢が高くなれば家族を持ち、部下を持ち、色々背負っていくわけですから、自分の失敗がどうなるのかを知るためにも、「20代のうちから経験をしなさい」ということをメッセージとしては言いたいですね。なので、スポーツで挑戦をすると決めたのであれば、どんどんチャレンジして失敗しても学びを得る人生を送ってください。
小杉:今自分が置かれている、やっていることに100%、120%注いでほしいと思っています。それが重要ではないかなと思います。努力する力は誰にも負けないと思えれば人生は乗り切れると信じています。もちろん、高い目標を持った方がいいのですが、目標はいつでも変えられるから、今ある目標に向けて、今やるべきことを120%取り組んでもらって、自分はこれだけ努力してきたのだから、他のことでも頑張れると思えるような心を養ってもらいたいなと思います。
菊池:ゴールはひとつでなくても良いし、いつ変えても良い。まさに小杉さんがおっしゃったことを認知科学に基づくコーチングでも言っていますのでその通りです。いろんなモノの見方をするには、いろんな視点を持つ必要があります。そのためにも色々な体験・体感が大事です。我々は言語というものを重要視していますが、その裏で流れる非言語の方が実は重要だとも認識しています。それは知識だけを埋め込んでもできません。自分でチャレンジしていろんな体験・体感を積むからいろんな物事の見方ができる。体験・体感を通して色々な物事の見方ができると抽象度が上がっていく、色々な人の考えも入ってきますから、視点がより上に上がっていくわけです。高い視点を持つためには、いろんな体験をしてもらいたいと思っています。
小村:ありがとうございました。私も常に指導する時には、損得勘定で判断をすることは損だと伝えています。どうしても現状を見て人間は勝手に壁を作りブレーキをかけます。お金がない、時間がない、興味がない、よくわからないと言い訳をつくり、自らを行動させません。本当に手に入れたい場合は、お金や時間がなくてもどうしたら手に入れるかを考えるし、そういう質問が出ます。興味はやっていくうちに沸いてくるものです。やってみないとわからないのに、やる前に勝手に決めつけて判断を下すのは実にもったいないと思っています。60%そうかなと思えばやってみることです。やってみてそうじゃないと思えば辞めればいいだけですね。世の中は「やる」か「やらないか」の二者択一しかないわけです。それを決めるのは本人です。我々はきっかけを与えることしかできません。そのきっかけをどう解釈して自分のモノにしていくのかがセンスなのだと思います。浦和レッズのコンテンツをもって仕掛けている江口さん、オリンピックのコンテンツをもって仕掛けている小杉さん、二人の仕掛け人に共通しているセンスは、パッションをもって抽象度を高く貪欲に取り組まれている姿勢なのだとわかりました。
<了>
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