2016/05/18 第5回 小野寺俊明氏(スポーツ企画工房代表)『わらしべ長者の「間」が大事』(前編)

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理事長の小村をホスト役とした企画・「対談すごトーク」。第5回目となるゲストは、スポーツPRコンサルタントの小野寺俊明さんです。

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■スポーツ業界の仕事と就職に関して

小村:株式会社スポーツ企画工房代表取締役の小野寺俊明さんと対談すごトークを行っていきたいと思います。小野寺さんはスポーツPRコンサルタントとして、2004年からプロバスケットボール「bjリーグ」のPRマネージャー、2013年からbjリーグの横浜ビー・コルセアーズの広報戦略室長官、2015年からデータマーケティング会社の株式会社レピュコムのPRマネージャーとして、リーグや球団、スポーツ企業と多くの会社をサポートされています。スポーツ業界の裏側を知り尽くしている小野寺さんだからこそ、今回のテーマ「スポーツ業界の仕事と就職に関して」として、これからスポーツ業界を目指す人たちに業界を知り、考えるメッセージをお送りできればと思います。まずは小野寺さんがスポーツ業界へどのように転身していったのか経緯を教えてください。

小野寺:よろしくお願いします。まず私はいくつでしょうか? ……52歳(2016年5月現在)です。実はスポーツ業界に入ったのが36歳の時でした。元々は新卒でリクルートに入り、SPIテストの事業部や『とらばーゆ』などの中途採用の雑誌、『SUUMO』の住宅情報誌の営業に関わってきたため、スポーツの接点もないキャリアでした。

小村:全くスポーツと接点がないんですね。

小野寺:はい。そこからスポーツ業界に転職をしたわけですので、今回視聴しているみなさんと一緒です。スポーツと関係ないキャリアを歩んできた私が今、何をしているかというと、リーグや球団や企業のPRを主とした業務のほかに、スポーツライターというのもやっています。Yahoo!ニュース の個人アカウントを持っていたりします。ただ最近わかったことなのですが、どうやら私はスポーツをあまり好きではなかったようです。bjリーグ発足から11年間一度も試合を最後まで見たことがない。スカパーも入っていますが試合を見たことがない。ウィンブルドン、レッドブル、ツールドフランスなど競技が行われている会場に行ったことがありますし、ありとあらゆるスポーツ現場に行きましたがまともに見たことがない。どうやら好きではないらしい。テレビでやっていても見るわけでもありません。

小村:それは意外ですね。

小野寺:どうやら私が好きだったのは、「スポーツが素晴らしいということを人に伝える仕事」がしたかったようです。ここが重要なポイントで、皆スポーツが好きだからスポーツの仕事をしたいと言う人が多いですが、スポーツが好きだったらスポーツは見ておいた方がいいのです。現場で関わって仕事をしても大変なだけです。球団スタッフは試合を見ている余裕すらもありません。仕事が忙しくて、他のチームの試合を視察するというのはシーズン中は無理だし、チームで働いている人が他のチームのことを全く知らないということはよくあるのです。

小村:いきなり核心な話から入りましたが、私と非常に似ているところがあり共感します。実は私もスポーツを観ることはあまり好きではないかもしれません。リーグや球団からチケットをもらっても行きたい人にあげてしまいますし、試合は結果やポイントの経緯だけ知れば満足です。フットサルのFリーグは発足から関わっていますが、スタッフ派遣をするだけで一度もまだ観に行ったことがなく関係者から怒られています。会場に行っても試合よりも運営スタッフの動きを見ているか、実習として派遣した教え子を探しに行ってしまいます。どうやら私はスポーツの裏方で働いている人たちに興味があり、裏で汗をかきながら頑張っている教え子の活躍を見るのが喜びみたいです。

小野寺:これもよく言うことなのですが、例えば旅行が好きな人が旅行会社に行くケースはよくありますが、自分でプランニングしてあちこち歩き回っている人が旅行業界に行っても本人は困るのです。ツアーコンダクターであれば人の世話をしなければなりません。むしろお客さんにフラフラするなと言わなければならない。人のお世話をして人の喜ぶ顔が見たい人がむしろツアーコンダクターの仕事が向いていると思うのです。ですから旅行好きな人が旅行会社に行って本当に幸せになるかはわからないです。

小村:そうですよね。

小野寺:そこで、スポーツが好きというアプローチをする人に対して私が必ず聞くことは、「で、何がしたいの?」「何ができるの?」なのです。それがクリアになっておかないと、スポーツ業界に行けないし、行ってもシンドイ。逆にそれがわかっていればいろんな形でやれることができます。なので、どうやら私は人に「スポーツはスゴイだろう」「スポーツって感動するだろう」ということを伝える、PRすることを生業にしているみたいですね。人にスポーツの情報や感動を『伝える』人なんだなということを最近痛感しました。

■小さな仕事でもしっかり期待値以上に応える

小村:今の話しからも私が常々指導をしていることとピッタリです。「スポーツ業界に行きたい、入りたい、入れてください」ではなく、スポーツ業界で「何がしたいのか」「何ができるのか」。「こういうことをしてきましたがどうですか」「こういうことをやれますがいかがですか」「今までのこれを活かしてこうやろうと思いますがどうでしょうか」でないと、選べないと言っています。希望的な願望ではなく、具体的な未来の提案で表現をしようと指導しています。
スポーツが好きではなく、スポーツの素晴らしさを伝えることが天職と感じられた小野寺さんのスポーツ業界入りのきっかけはなんだったのでしょうか?

小野寺:1987年リクルートに入社し13年働いて退職します。住宅情報の仕事に対しての悩みがあったことと、アメリカでスポーツの勉強を留学している友人に誘われ、アメリカに行って講義を視聴させてもらったらスポーツビジネスが面白かったというのが動機です。退職後始めたのがフリーランスのスポーツライターとしての活動でした。フリーランスのスポーツライターは、なることがすごく簡単で、「スポーツライターです」と言えば全員なれるのです。資格もいらないし、名刺にフリーでスポーツライターやっていると書けば誰でもなれます。本当にそうやって名刺に書いただけで私は仕事を執りに行きました(笑)

小村:すごい行動派ですね。

小野寺:今はないのですがISIZE SPORTSというリクルートが作ったスポナビと並ぶ大きなスポーツのサイトがありました。そこの編集長がリクルート時代の先輩で縁があり、EURO 2000(UEFA欧州選手権:サッカー)の原稿を書かせてもらい、評判が良く、定期的にライターの仕事を得るようになりました。ところが、定期的に書かせてもらえるようになった時に、ISIZE SPORTSのサイトがなくなることになり、定期的なお金が入ってこなくなるというピンチを迎えました。その時に、その仕事をしっかりやっていたお蔭でJ SPORTS さんから、ISIZE SPORTSのようなサイトを作りたいので協力してくれませんかと相談されたのです。J SPORTS を見てもらうためのコラムから始まり、誰をライターにしてどんな内容を書くかを私が管轄するようになり、J SPORTS側からもう少しサイトをきっちりとしていきたいという要望が出て競技別のサイトを作っていくようになり、気が付けば全体を管理するようになっていました。コラムが充実して評価も高くなってきたこともあり、スポナビ(Yahoo!スポーツ)からオリジナルのコラムが足りないので貸してくださいと相談があり連携するようになりました。

小村:すごい進展ですね。

小野寺:最初は月に10万円くらいだったのが、最後には年間数千万円のお仕事をいただくまでになりました。大切なのは10万円の仕事をしっかりとやることです。10万円の仕事がちゃんとできる人には20万円の仕事を振ってくれるんです。どんなことでも何か頼まれごとをされた時には、できる限りのことをする。その姿勢が今後に影響してくるのです。何かお願いをして期待値以上に応えてくれた人には、また何か新しい仕事を振りたくなるのです。もちろん、その逆もありますが、その場その場でベストを尽くすのが大事なのです。

■わらしべ長者の『間』

小村:全くキャリアとは異なるスポーツ業界に飛び込み、ついに合同で起業までされました。これはスポーツ業界に飛び込まれた時に起業するまでイメージされていたのでしょうか。

小野寺:そこの経緯の話しは「わらしべ長者」みたいな感じです。「わらしべ長者」の話は知っていますか? 貧乏な人がお参りしたら神様から神社を出て最初に手にした物を大事にしなさいと言われる。その人が転んで手にしたのが藁(わら)だった。その藁にアブを結んで遊んでいたら、子供がそれを欲しがり、ミカンとそれを交換。すると喉が渇いていた商人がミカンを欲しがり反物と交換し、それが馬に変わり……

小村:最後に屋敷になるという話でしたね。

小野寺:大金持ちになることと貧乏人の『間』が描かれている物語ですが、現実は『間』はわかりません。スポーツ業界を目指している人の不安の多くは、今のポジションとスポーツの仕事の『間』がひとつずつ見えてこないからです。今との自分とあまりにも差があると『間』が埋まらない。その埋める作業は実はひとつずつその時々にベストを尽くすこと、それが次の仕事を生むことに繋がるのです。よくbjリーグや球団などの仕事をどうやったらなれるのですかと質問をされますが、私自身もわかりません。気が付いたらたどり着いていただけなのです。今のポジションからスポーツに関わるまでの近い何かを探す。何かするというのが大切ですとしか言えないのです。

小村:今のポジションからスポーツに関わるまでの『間』をどう動いていくか。まさに私の指導しているポイントのところです。個々キャリアも異なるので、その『間』をどう構築しつなげていくかですね。ところで、小野寺さんの仕事は多岐に渡っていますが、具体的な仕事の領域を教えてください。

小野寺:スポーツ団体とチームの広報、PRコンサルティング、スポーツ関連サイト。J SPORTS のサイトは全部設計しました。スポーツライターや名前を出さないコピーライター、危険な地域での海外の試合ではカメラ担いで原稿も書いてなどもやりました。データ放送のディレクターもやりました。dボタンを押すと色々なデータが出てきたりしますがそのコンテンツを作ったりですね。最近増えてきたのはSNS系の仕事。SNSはあったことを淡々とやっても誰もついてきてくれません。たまに面白いことを入れたり裏話的な要素を入れて初めてリツイートしてくれたりフォローしてくれます。どうやらそういうことをやるにはセンスが必要みたいです。ダメとOKのギリのところ、グレーなところを突かないと見てもらえません。グレーなところを察知するには経験値やセンスがないと難しいです。私は経験もありそこが武器なのだと思います。他にはサッカーミュージアムで内装会社の基本設計のアドバイザーもやりました。円陣を組んでいるあのスペースなどは私のアイデアです(笑)

小村:ものすごい幅の仕事の領域ですね。

小野寺:コレができると、コレもできるんじゃないかと他人が推測する。自分の可能性は自分ではあまりわからないんですけどね。ライターやっていて編集者なんてできると思っていなかったけど、ライターやりながらいろんなことをやれるのであれば編集もお願いしますと言われ、編集をやっていてWEB管理もやっていたら、WEBプロデューサーになっていました。サッカー詳しいみたいなのでサッカーミュージアム作りを手伝ってくださいと言われ。いつの間にか各会社の人が困ったら、とりあえず私に相談という流れができてしまっており、気づいたらスポーツに関するコンサルタントになっていたのです(笑)

小村:スポーツの何でも屋さんですね。私もたまに相談に乗ってもらっています(笑)

■bjリーグでの挑戦

小村:2016年5月15日、ファイナルズ決勝をもって11年間の幕を降ろしたプロバスケットボールbjリーグ。小野寺さんのキャリアの中で、bjリーグの発足から終焉までの11年間関係していました。『BUZZER BEATER~日本プロバスケットボール bjリーグ 11年の軌跡』の企画・執筆も手掛けられました。bjリーグの話をお聞かせください。

小野寺:まずbjリーグからはホームページを作ってもらいたいと話しがありました。ホームページを作っているうちに、話をしているとどうやら広報担当が未経験者であるので補佐をしてくださいと相談がありました。そして広報アドバイザーをしているうちにbjリーグの名刺を持たされ動いてくださいとなり、いつの間にか、2005年からbjリーグPRマネージャーを兼務することになりました。

小村:巻き込まれていったみたいな感じですね。

小野寺:実はbjリーグの広報・取材のルールを全部決めたのは私です。取材ルールのポイントは「自分がされて嫌なことは絶対にしない」というルールです。例えば、通常のJリーグだとカメラマンのパスとペン記者のパスは別です。ビブス着ている人は記者席に行ってはいけないし、ペン記者はエリアに入ってはいけないというルールがあります。よって必ずカメラマンとペン記者が2人で来なければならないのです。人数を派遣できない地方紙からしたら非常に困るルールなのです。私自身も経験したのがペン記者で行くけどカメラも撮りたいができないのです。そうすると、カメラ撮る時はビブス着て、ペン記者になる時はビブスを返してペン記者のパスをもらってと非常に手間がかかるのです。真っ先にbjリーグではそういうのはなくすことにしました。

小村:どういう風に変えたんですか?

小野寺:ペン記者でもエリアに入るならビブスを渡すし、ビブスがなくても記者席から撮影をしても良いルールにしました。ちなみに、Jリーグはフリーランスに基本的にパスを発行できません、何の媒体に載せるのですかと聞かれます。その媒体が紙でなかったり、電波でなかったらダメで、WebサイトはNGなのです。例えば、朝日新聞はOKで、朝日新聞に紐づいているWebサイトはOKみたいな。一部Webサイトでもスポナビのような媒体として認められているところはOKが出ています。そうではないところは全てNGだった時代に、bjリーグでは全てOKにしました。ただしHPは事前にチェックさせてもらいましたけどもね。個人のHPはさすがに困りますので。変なことを書かれないために規制をしたいという心理はわかるのですが、bjリーグはとにかく載せてもらってナンボと考えました。お蔭様で多くのメディアからはbjリーグは取材しやすいと今でも言われます。

小村:確かにbjリーグの取材はしやすいという声を耳にします。

小野寺:選手にインタビューできるミックスゾーンに関しても、そこをスッと通過されてしまうと、取材したいのに選手のコメントが取れなかったということがよくあります。取材陣はコメント取るのが仕事なのでとれないと困るわけです。ちゃんと取材したい選手に取材ができるようにするために、試合が終わった後、希望あった選手に対しては取材が終わるまでは帰るなという選手へのルールも作りました。選手たちもbjリーグができるまではプロリーグがなかったためプロができた嬉しさもあるし、誰のお蔭でご飯を食べられるのかという選手への意識付けもしたため、選手たち全員が理解をしてくれましたね。なので選手から今日はもう帰っていいですかと聞いてから帰る選手も増えました。地方紙含め取材の企画を出しやすいように、試合直後や練習直後にとる個別インタビューに対しては対価を発生させないルールにもしました。こういう取り組みをすると、取材をしている人たちがファンになってくれるのです。またそのような取材陣に対して、当日のカメラワークなどの相談にも臨機応変にその状況の判断で対応をしてあげると、翌年からスポンサーについてくれるようになるのです。

小村:素晴らしい流れですね。

小野寺:まとめると、PR・広報なのですが、私がやっていたのはお金が入ってくるための広報。人がたくさん観に来てくれるようになる広報。たくさんあちこちに掲載してもらえるようにするための広報を目指していました。よって、bjリーグでは広報部とかPR部ではなく『メディア営業部』と言っていました。取材してもらい掲載してもらって、それでお客さんに来てもらうことでお金が入るというスタンスでした。メディアの人たちを規制するのではなく、現場で一緒になって作りだしていこうという考えです。こういう風にした方が便利でいいんだけどという声があれば取り入れました。その方が自分で決めたルールだから守ってくれるのですよ。

小村:確かに、こうやれと規制をすると網の目を潜り抜けようとする人が出てきますが、自分がこうしたいという提案が了承されれば、自分が決めたことなので守りますよね。bjリーグはそういうフットワークが軽いところが私も好きでした。私もbjリーグ発足3シーズン目から最終シーズンまでの9年間、bjファイナルズ運営スタッフを派遣したり、bjリーグクリニックなど数多く関わらせていただきましたが、こちらの提案も真摯に耳を傾けてくれて、一緒に現場を良くしようと動かせてくれました。動かせてくれるから、こちらも責任もって関わらせてもらってきましたし、やりがいも感じ、bjリーグが好きになりましたね。

小野寺:bjリーグがスゴイなと思うのは、部外である人間にいろいろなことをやらせてくれたことですよね。そんな感じで、bjリーグPRマネージャーをやっているうちに、2006年から地上デジタル放送のディレクターや、中央大学商学部から客員講師をやってくれませんかという声をかけてもらいました。

小村:目の前のことを全力で取り組むことで、次へと繋がっていく。『間』というのはこうやって構築されていくものなのですね。
(⇒[後編]へ続く)
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◆プロフィール◆
小野寺俊明(おのでら・としあき)
株式会社スポーツ企画工房代表取締役。
京都出身。同志社大学法学政治学科卒業。1987年リクルート入社。2000年退社しスポーツライター活動を開始。2001年スポーツマーケティング会社を共同で設立し、取締役としてスポーツマーケティングチームのチーフプロデューサーに就任。スポーツ団体や選手のサイト、テレビ局のスポーツサイトを数多く立ち上げたほか、スポーツ団体やチームの運営・広報、Web戦略のアドバイザーを務める。
2004年からプロバスケットボール「bjリーグ」のPRマネージャー、2013年から横浜ビー・コルセアーズの広報戦略室長官、2015年から株式会社レピュコムのPRマネージャーを兼務。スポーツライターとしても活動し、「Yahoo!ニュース」で個人アカウントを持つ。また、2006年から2011年まで中央大学商学部客員講師としてスポーツビジネスを教えた。
◆著書
・「BUZZER BEATER~日本プロバスケットボール bjリーグ 11年の軌跡」の企画・執筆
・「グローバル化するスポーツとメディア、ビジネス スポーツ産業論講座」第2部 第7章 スポーツとネット情報価値 を担当
・「プロ野球2.0 立命館大学経営学部スポーツビジネス講義録」第4章 スポーツとメディア を担当(共著)
・「【FIFAワールドカップへ行こう!】現地観戦BOOK」

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