2016/05/25 第6回 桜香純子氏(元総合格闘技セコンド)『最高にして最強のセコンド「妻」』

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理事長の小村をホスト役とした企画「対談すごトーク」。第6回目となるゲストは、元総合格闘家の大山峻護さんの奥様である桜香純子さんです。

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撮影:関根孝

■セコンドとは格闘技試合における介添人のことである

小村:スポーツは「する」「見る」にもう一つ「支える」人が必要です。各競技において試合進行を円滑に裏方として支える人、選手のケアなどで支える人、たくさん支える人がいて競技が成り立っています。今回は選手の奥様という立場で支えてこられた桜香純子さんにお越しいただきお話をお伺いしていきたいと思います。
桜香純子さんは現在美容家として活動されていますが、10代の時は河田純子の名前でアイドル活動もされていました。そして2014年12月に引退されました総合格闘家の大山峻護さんの奥様です。数多くのアスリートの奥様がいる中で、プライベートを支えることはもちろん、旦那様の試合で共に入場し、セコンドに付いてサポートをするのは稀です。大山選手の全33試合中17試合を共にセコンドとして、サポーターとして戦いました。まずは大山峻護さんとの出会いからお聴きしていきましょう。

純子:2007年に美輪明宏さんの舞台に主人が出演しました。共通の友人の誘いでその舞台鑑賞をした際に楽屋で挨拶をしたのが初めての出会いでした。ですから美輪明宏さんがキューピットだったのです。それまで格闘家としての主人のことは知りませんでした(笑)

小村:大山選手は2007年の美輪明宏さんの舞台に現役格闘家にしてオファーを受け出演されましたね。出会いはその時だったのですね。その一年前ほどに私も大山選手のメンタルサポートをしていたのでよく覚えています。セコンドに付かれたのは結婚される前からでしたがきっかけは何だったのでしょうか?

純子:最初はリングから遠い席で見守るように観戦をしていました。2010年9月16日シンガポールで主人にとって初めてのタイトルマッチ(Martial Combatライトヘビー級王座決定戦)がありました。その大会はセコンド1人分の旅費しか出ませんでした。いつもサポートしていただいている方がセコンドに付くことは決まっていましたが、セコンド1人では対応するのは大変であるため、主人から私にセコンドに付いてもらいたいと言われました。もちろん、バケツを持って行ったり、入場時の柔道着を受け取ったりという雑用係として付いたのがきっかけです。その時に初めてセコンドを経験したのですが、主人にとっても近くに私がいることが良かったようです。プライベートもそばにいるわけなので、水を飲むひとつの行為にしても頼みやすかったというのもあったのかもしれませんね。

小村:安心できる最良のパートナーであるのは間違いありませんが、奥様をセコンドに付かせるのは珍しいですよね。

純子:そうですね。韓国の試合の時にアメリカ人選手が奥さんか彼女をセコンドに付けているのを見たことはありますが、それ以外は私も見たことがありませんね。ただ私もセコンドに付く時は家族として付いているわけではなく、命がけで闘う同士という気持ちでセコンドに付いていましたので、その点の感情は分けて挑んでいました。

小村:最初にセコンドに付かれたシンガポールでの試合の時にリング上でプロポーズされましたね。

純子:勝てばではなく、勝利を前提に勝ってプロポーズをすると主人の中で決めていたようです。もちろんその時まで私は知らないので驚きました。その前から一年くらいおかしなことが続いていたのです。主人は膝が悪いのですがフルマラソンに出場したいとかですね。後々わかったことは何かを成し遂げてプロポーズをしたかったみたいですね。そのような時にタイトルマッチの話がきたのです。シンガポールの試合の時は「勝ったらリングの中に入ってきて」とだけ言われていました。結果、試合に勝ち初めてチャンピオンベルトを巻いたリング上でプロポーズされました。

小村:大山さんが純子さんをセコンドに付けた動機が垣間見られるエピソードですね。大山さんの身近にいて学んだことはありましたか。

純子:たくさんありますが「努力し続ける」精神は本当に素晴らしいですね。主人は不器用ですがそれができるまで努力し続ける才能を持っています。その姿勢をとても尊敬しています。

小村:プライベートも試合中も常にそばで支えてこられたわけですが具体的にどのようなサポートをしてきましたか。

純子:私自身が本業として心理カウンセラー、ダイエットカウンセラー、エステティシャンなので主人に必要な要素が私にできる状況でした。試合の一か月前になるとナーバスになるのでピリピリしていることが多いのですが、そういう時には察して距離感を保ち入り込まないようにしました。1,2か月で十数キロの体重を落とすため、筋量を減らさずに脂肪を落として体力はもちろん維持するような食事療法をしました。これも私が十代のアイドル時代から常にダイエットに対しての意識が強く色々と試していたことを格闘技に取り入れていたのです。
できることをやらせてもらっていたので私もサポートを楽しみながら行っていました。

小村:一般的なアスリートの奥様は後付けで栄養学などを勉強される方は多いと思うのですが、純子さんはもともとできていたということですね。しかも公私ともに苦でなくサポートしてこられた。格闘技は体重制限もありますから自分との戦いとも言われています。具体的にどのような食事療法をされていたのでしょうか?

純子:そうですね。具体的に言うと、食べる量はほとんど減らすことなく、食べる順番と食事の内容を徹底しました。
例えば、温かい無添加のお味噌汁をはじめに出して、その次に生野菜、果物などの酵素食品、そしてたんぱく質、炭水化物という順番です。減量中は、料亭のように一品ずつ出してゆきました。この順番で食べてもらうと、最後の炭水化物の時にはかなりお腹も満たされて、筋肉を減らさず脂肪を落としながらも、ストレスのない減量ができるのです。

小村:お肉も食べていたんですよね。

純子:お肉は減量中もよく出していました。脂肪分の少ない赤身などは減量の妨げにはなりません。むしろ、良質のたんぱく質は代謝を上げて脂肪を落とすためには必要になります。私と出会う前までは、すべて外食で無理な減量をしていたようですが、その点アスリートにとって、食事管理のサポートがあるのは楽だったと思います。

小村:プロフェッショナルな食事管理ですね。純子さんは自分自身が商品として見られる芸能活動もされてきました。大山さんに見せ方や表現力などをアドバイスされたことはありましたでしょうか。

純子:そういうことはあまりありませんでしたが、ひとつあげるとすれば、主人は撮影などの際、笑顔でカメラを見るのが苦手でした。「口角を上げてね」とか「カメラは好きなペットだと思ってね」などと話しているうちに、今では自然な笑顔でカメラを見ることができるようになりました。そのぐらいかしら(笑)

小村:試合中セコンドに付かれているわけですが、格闘技の世界ですので、この後、大事な旦那様が殴られ血みどろになる可能性もあります。勝てばいいですが負けてしまう場合もあります。その時にどういう気持ちで送り出すのでしょうか。

純子:数分の間に様々な心境の変化があります。毎試合、寿命が5歳ずつ縮む思いでそばにいましたし、とても苦しくもありました。しかし、最後の最後には「好きにやっておいで」と送り出します。私自身も一緒に戦う覚悟ができるからこそ、最後は「全ての力を出し切っておいで」という気持ちになるのです。

小村:大山さんはもちろんのこと、純子さんも相当な覚悟を持って臨まれていらっしゃったのですね。

純子:試合の結果の後こそが私の役割だとも思っています。勝てば本人も嬉しいですし応援してくださった方々も気軽に声をかけてくれます。しかし負けてしまった時には本人は落ち込んでいますし、周りの方々もどうやって声をかけていいのかわからない状況になります。その時こそ私の出番だという心構えを持っていました。そして試合の日の夜は一睡もしてはいけないのです。脳にダメージがありますので最悪死んでしまう恐れがあるからです。ですから夜通し朝まで家の周りを歩いたり、話をしたりと付き添います。試合のときは一緒に戦うパートナーの気持ちですが、リングを降りた後は癒すパートナーです。戦う仕事でない人でも妻はそういう思いだと思います。

小村:ステキですね。試合の後のサポートも行ってきたわけですから、試合は通過点に過ぎませんね。結果、引退までの17試合セコンド、サポートに付かれましたが、正直すぐそばでサポートに付くのを辞めようと思ったことはありましたか。

純子:私がセコンドに付き試合直前までサポートするか否かは、主人が良い環境であるか否かが基準ですので、私が決めることではないのです。ただし最初の試合よりも回数を重ね絆が強くなればなるほど苦しくなっていったのは事実かもしれません。しかし引退した今だからこそそれも懐かしいですね。

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■人は夢をみるから叶うというよりも、本能で決めているモノ(未来)があるからそこに夢を見る

小村:話を聞いていると純子さんは強いですね。心に秘めているものは何でしょうか。

純子:私が大切にしている言葉は「視座を高く、視野を広く、目の前のことを懸命に」です。一番大事なことは目の前の事だと思います。人で言えば、それは家族であり一番身近な存在です。そして家族(相手)の前に自分がいます。自分自身が幸せでないと人を元気にさせることはできません。例えば、ボランティアをしている人で「ボランティアしても心がハッピーではない」と悩まれる方がいます。でも大事なことは相手だけが幸せになることでも自分だけが幸せになることでもないのですよね。ボランティアは、自己犠牲や自分に無理をすることではなく、自分自身の心も満たすものであるのが理想だと思います。自分が幸せであれば、おのずとその周りの人にも幸せは伝染してゆくのです。幸せのエネルギーが、目の前の人、家族、仲間と、広がってゆくのって素敵ですよね。

小村:自分が幸せでなければ人を幸せにすることはできない。その通りですね。人を整える前に自分を整える。自己犠牲ではなく自己愛が大切ということですね。ボランティアは犠牲ではないです。純子さんの根底にそのような心があるからこそ大山さんも安心して試合に臨めたのですね。
アスリートを支えたいと希望している若者たちにメッセージをお願いできますでしょうか。

純子:アスリートを支えたいという思い、素晴らしいですね。こんな話を聞いたことがあります。それは、私たちは自分の人生をどうするのかを決めて生まれてきているのだという説です。私は小さい頃に思い描いていたことがほとんど現実になってきました。歌手になることもカウンセラーも女将さんになることも、それ以外のことも。格闘家と結婚するとは思っていませんでしたが、気がつけば格闘家の妻として、女将さんのようなことをすることになりました。人は夢をみるから叶うというよりも、本能で決めているモノ(未来)があるからそこに夢を見るのだと思います。この世には一人として才能がない人はいません。でも、すべての人が成功していると感じているのではないというのが現実です。そういう人の中には、自分の才能に気づけず、違うところにゴールの旗を立てようとしてしまい、なかなか達成することができないでいるというケースがあります。

小村:共感します。

純子:心理学の観点からお話をしますと、私たちは『好きなこと』、『向いていること』を目指し努力をすると夢が叶いやすくなります。『好き』と『向いている』の両方が合わさることがとても大切です。そしてもう一つ、例えば富士山の頂上が夢のゴールだとすると、私たちはどうしてもその頂上にすぐに行こうとしてしまいます。焦りが出てしまうと、『今』を見失ってしまうのです。でも、どんなすごい人、偉人でも一合目から歩みます。大切なことは、ゴールを鮮明に思い描き、それに必要な一歩目の行動をすることです。それを重ねることで、一歩一歩進んだ結果、気づいた時に頂上が手の届くところにあるのです。

小村:一歩踏み込む行動が大切。「木を見て森を見ず」という諺がありますが、純子さんがおっしゃっていることは逆で「森を見渡して木を見る」ですね。私も同じ考えです。

純子:時間の流れで例えます。過去があって今になって未来になる。多くの人はそう思っています。しかし実は最初に(思い描いた)未来があるのです。事実、みなさんそう行動をしているのに気づいていません。今日の話で言えば、“数日前に「すごトーク」に行こうと決めた”という(思い描いた)“未来”がまずあります。そして今みなさんがここにいるという“現在”があります。この後「すごトーク」が終わって外に出ればそれは“過去”になるのです。お風呂上りに水が飲みたい場合はどうするでしょうか。最初に飲みたいという思い描いた“未来”がある。それを行動すると“現在”になり、飲み終わると“過去”になるのです。買い物にしても仕事にしてもその他のことも、このような流れで時間は動いています。ですから、まずは意識して未来を思い描いてください。

小村:無意識を意識化する重要性ですね。未来を予見し人間は生きている動物ですからね。

純子:アスリートを支えて自分がキラキラと輝いている未来や、より具体的な未来を思い描いてください。そして次に、その未来を達成するための一歩目に必要なことを行動してください。本を読むことなのか、誰かに会うことなのか、学校に行くことなのか、それは人それぞれだと思います。その行動をした後、次に必要な行動が見えてきます。目の前の扉を開くことで、初めて次の扉が見えるようになります。その繰り返しで、思い描いた未来にどんどん近づいてゆくことができるのです。軌道修正もちゃんと忘れず、しっかりとこれを繰り返して、未来を楽しみながら、ぜひ進んでいってください。

小村:ありがとうございます。最後に純子さんの夢をお聞きして終わりにしたいと思います。

純子:私の夢は「この世のすべての人が笑顔になること」です。すべての方が、夢を叶えて人生を思う存分謳歌することを心から願っています。
(了)

◆プロフィール◆

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桜香純子(おうか・じゅんこ)
心理カウンセラー・美容家・セラピスト。秋田県出身。河田純子として中学2年生の時にCBSソニー(当時)より歌手デビュー。シングルCD・アルバム・エッセイ集・写真集など多数発売。20歳で芸能界を引退。約10年のOLを経た後、美容と健康の世界へ。2009年に都内で女性向けサロン、サロン・ド・エンジェル・エンジェルをオープン。2013年に銀座へ移転。2007年より格闘家大山峻護のサポートを始め、2010年に結婚。全33試合のうち、後半の17試合をセコンド・サポートとして共に戦い、食事・メンタル・健康管理などを全面的にサポート。大山氏は2014年12月6日に引退を迎えた。

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